ふるさとになれる東京

東京は、ふるさとと呼べない。
東京で生まれ、育った人の4割が、そう答えました。そして、こうも答えています。
ふるさとが、ほしい。
私たちは、この声を聞き逃せなかった。ずっと、忘れられなかった。
この国のほとんどの街がふるさとになれるのに、東京だけがなれないはずがない。
誕生、My Homeland 玉川上水。
家族の幸せを謳う街は、いくらでもあります。この街は違う。家族の「いま」が幸せであればいい、
というのではありません。「いま」の幸せを毎日重ねていくことで、人が安心して一生を託せる場になり、
親から子へとリレーされていく街になりたい。
そのために、人々にやさしい木陰をつくる緑がいる。子どもが走り、ころび、泥だらけになれる場所。
若者が学びに没頭できる場所。お年寄りが暖かい時間を過ごせる場所。
いつもは忙しい大人が、顔をほころばせ、家族の時間も、ひとりの時間も謳歌できる場所。
そして、この街の家族と家族が笑顔を交換できる場所がいる。
人生は、ドラマチックな日ばかりではない。むしろ、平凡な日々の積み重ねかもしれません。
だからこそ、私たちのつくる街が、人生の大半を占める、そんな名もない一日一日まで、輝くものにしたい。
子どもたちが成長し巣立ってからも、自分を育んだその地が、いとおしい思い出のつまった、
かけがえのないふるさとになる。そう感じてもらえたら、どんなにうれしいでしょう。
おかえりなさい。気が早いですが、子どもの帰りを待つ母親のように、その日が待ち遠しい私たちです。